解雇ばなし

2008年5月15日 (木)

解雇逆襲ストーリー!*10

(解雇逆襲ストーリー!*78910続き)

旅行中の私はおかしかったと言われました。殆どの荷物を忘れ、高い所を異常に恐がり、すぐ疲れて、兎に角ぼーっとしている。ダメージは本人には分からないみたい。その時の精神状態を思い出そうとすると体が拒むんです。余り思い出せません。それでも睡眠をいくらか取った連休明け。休み明けに引き継ぎが終わり、仕事が入れ替わりました。

次に渡された仕事は
最悪。

情報の整理を数年分
腰の高さ程にたまった新聞から広告をスキャンするだけ。

簡単?
9時間ずーっとコピー取り「だけ」毎日、毎日、毎日、毎日、毎日出来ますか?

5分ごとに鳴る独特なコピー音『ブィーンブィーンブブブ・・・』に気が狂いそう。周りも嫌な顔。私の仕事が他のデザイナーに渡り、皆ますます辛そうでした。申し訳なく思う反面、

私のせいじゃないだろう!
って繰り返し思い返し思い返し、自分に言い聞かせました。
しっかりしろ自分、卑屈になるな自分。環境って本当に怖い。

でも怖さを実感するのはまだまだこれからでした。

出社して直ぐ社長に呼び出され言われました。
ニコニコと「保険証を解約する手続き等を取りたいので、この書類にサイン捺印して、明日提出するようにね」と。

来たか。

怪しまれてもまずい。取り合えず受け取って弁護士と相談しなくては。ハンコも保険証も手元に無いので・・・と誤摩化し、席に着くとB香が声を掛けてきました。

彼女に弁護士と相談している事は秘密ですが「労働局」に持ち込もうと考えている旨を伝えました。残業証明を他人分集めたかったからです。

証明書のコピーをくれないか頼みましたが、自分に火の粉が掛かるのがイヤだったのか、かなり渋られました。しかし名前を絶対に出さないと言う条件でOKを貰いました。

これで大体の証拠は揃ったはず。

弁護士に書類を送る連絡をしました。
(11へ続く)

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2007年7月 3日 (火)

解雇逆襲ストーリー!*9

(解雇逆襲ストーリー!*78910続き)

その日から何があったか簡単に手帳に記すようになりました。いざと言う時の有力な証拠になるそうです。イザ・・って裁判の時ですよね。全くする気なんか無かったにも関わらず、私は前倒し前倒しの準備をする人のようです。アメリカでどれだけ証拠が無い事で辛い目にあっていたんでしょうか。自分事ながら哀れ。しかし、その私の念の入れた習慣が、我ながら呆れるぐらい役に立ちました。会社に就職する際の面接官とやり取りや、雇用について書かれた内容メール等すべて取ってあったからです。

雇用に付いての資料やファイルが社長室にあったため、手に入れられず困っていたのですが、それらが重要な証拠となりました。みなさん就職の際は法律を味方にすべく、なんでも書類を持っておくべきですよ。

「社長が首を強制した証拠があればいいのですが」と弁護士に言われ考えていた所、B香が「アオ以外に社長から全社員にメールが回って来たよ!」と教えてくれました。そのメールには「今回の件はたいした事じゃなく、良くある事。」私以外の社員の身元は約束すると言うかなり媚を売った内容。コピーをくれと拝み倒した所、かなり嫌がっていた彼女も別のメアドを介して転送してくれました。どうやら会社のメールでは誰が誰に送ったか分かってしまうからしいです。

多分、社長は内容までチェックしていたんじゃないでしょうか。弁護士に相談している事を内緒にしている私は、当たり障りのない内容だけメールしていたので問題はありませんでした。弁護士はこのメールは私が「一身上の都合で辞める」としか書いてなく、首のハッキリとした証拠にはならない。が「他にも辞めてもらった人は沢山居たと」言う下りなどが証拠になると言っていました。


首になったにも関わらず、出社し連休の前日は締め切りと引き継ぎが重なって、死にそうでした。途中何度も「首なんだからこんな仕事どうでも良いのによ」とキレて放り出しそうでした。「一ヶ月間は職探しのため遅れても休んでも良い。その月給は保証する。」何て甘いこと言っていた社長。そんな手口でみんな辞めさせて来たんでしょ。ふざけんじゃないわよ。

引き継ぎのB香がスケジュールのキツさに悲鳴を上げて愚痴を言うにも無言。だって私が悪いみたいですけど、私のせいじゃない。社長に早く帰っていいと言われても現場で誰も帰って良いなんて言わないし。下手に私のせいにされて給料引かれてもムカつくし。

結局残業。普通なら絶対やらない。でも、それもこれも、事実の記録を手に入れるため。計画達成のために心を潰して、帰り際社長に「・・・お疲れ様でした・・・」と頭を下げる屈辱。歯を食いしばりすぎて血が出そうでした。

取り合えず連休だし、結局旅行には行くし・・・ゆっくりしたら少しは落ち着くだろう、なんて甘い考え。休み明けからこれ以上の地獄のが待っているなんて弱っている私には想像できませんでした。
(10へ続く)

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2007年1月19日 (金)

解雇逆襲ストーリー!*8

(解雇逆襲ストーリー!*78910続き)
弁護士がこれは「不当解雇」だと。このままだと次の就職へ首の記録が残されてしまうから、対策を考えた方が良い。そして、これ以上解雇の理由を後付けされないように、出社し続けた方が良いと。

やっぱり・・・!この糞会社!そっちが法律違反してるんじゃないか!!

怒りで火を噴きそうでした。絶対に、絶対に許さない。いままで何人にも同じ不当解雇をしてきたといい、それを当たり前に振る舞っている彼ら。それがどう言う事なのか自覚させてやる・・・!

弁護士は
「これから、書類に印やサインを求めてくると思うので絶対に従わない事。保険証も返さないように。不当解雇である証拠を集めてください。正社員である証拠、会社の契約書、メールでのやり取り、出来るだけです。」

「そして証拠を十分に集めたら、こちらから正式に不当解雇を撤回させるように手紙を送ります。まずは首を撤回させなくてはいけません。交渉はそれからです」

そして大事な事ですが...と、一息つくと
「・・・一番辛いのは、会社側が自主的に辞めるように嫌がらせをして来ると思います。それでも出社し続けられますか?」
裁判になる場合、料金に付いては又新たにお話しましょう。

どうしますか?
との弁護士の反復に、裁判か・・・と一瞬ひるみました。経験上、死ぬほど大変なのを知っていますから。でも、相手が簡単に裁判を起こさない事も知っています。首撤回を手紙だけで請求出来れば上々。

問題は嫌がらせがどんな手で、どれだけ来るか。

しかし、今までも十二分にイヤ目にあい、何も報復していません。このまま引き下がれば、相手を調子に乗らせるだけ。そんな理不尽な気持ちでこれからの人生をうやむやにして行くのなら、辛くても向かった方がマシ。それが今までの私のやり方でしたから、
やってやろう、と。

「・・・お願いします」

糞社長。
とにかくそのツラに刻み込んでやる、違法行為だと言う自覚を。これは小さい行為かもしれないけど、このまま卑屈を受け入れ続ければデザイナーの地位が下るだけ。本当にこの職業が好きだったら、誰かがやらなくては何も変わらないと思って。・・・誰も賛成してくれないと思うけど・・・。


弁護士が証拠集めは、悟られたら隠蔽されるので会社で気づかれずに行動してください、と忠告してくれました。

やります。
この一ヶ月間復讐の為、か弱い社員を演じきってやります。
(9へ続く)

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2006年12月16日 (土)

解雇逆襲ストーリー!*7

(解雇逆襲ストーリー!*78910続き)

父は、女性の労働時間範囲を大幅に越えているし、残業代は基本給から算段して何%かの上乗せに成るはず。大きなミスも無断欠勤も無しでの首は、納得いく理由ではないと。

恥を告白すると・・・うちは別の裁判を抱えていました。
今も。祖父母が死んだ後、親族で色々な権利を争っているのです。気が遠くなるほどの精神負担と経済負担。最後がどんな結果であっても、どれだけ家庭が壊れる虚しい行為か、毎日毎日噛み締めています。

それでも父は
『・・・弁護士に相談してみるか?』この裁判で弁護士を雇っているから、不当解雇かどうか聞くだけなら新規でないしお金もそんなに掛からないはずだと。

裁判がどれほど心労に堪える物か、知っているだけに面倒をかけたのが死ぬほど申し訳なくて、自力でなんとかしようと躍起になっていました。でも一刻を争って身の振り方を考えるとき。

『お金は払うから、お願い・・・』頼む事にしました。

次の日、B香から私が帰った後デザイナーだけで今回の件に付いて話し合いがされたと教えてもらいました。

今回の騒動で、明日は我が身と恐怖を感じる人が続出だったとか。そりゃそうでしょう。そして私が元々蛋白が出ていたんじゃないかと言う疑惑。は?出ていたとしても、病気と認定されていないのに首はおかしいでしょ!

やっぱりここのデザイナーって卑屈過ぎる・・。そして「幾ら何でもいきなりの首は、上司に相談もせずにひど過ぎる!」と言ってくれた人に「でも彼女が長く勤めていたら、こうならなかったかも。今までもこうやって首を切られた人は沢山いたんだし」と長く勤めるADから新たな横やり告白が。

その前例が、不当解雇の理由に成ると言うのか。勤務期間なんて関係ないくせに!「結局自己管理なんだよ」なんて言葉で終わったらしいですが、ふざけんな。

改めて「病気と診断されていないのに、首にされているんですが!」って100万回怒鳴りたくなりました。デザイン業界は仕方ないなんて糞みたいな話、聞くか!自分の意見が言えないただのヘタレの集団!

ああ、やっぱりここの会社に勤めている人達だけあって会社よりの、卑屈な意見だわ。余り情を寄せない方がいいかも・・・なんて自立心を新たに固めていたら、


B香「なんでこんな風になっちゃったんだろう〜・・・前の辞めた女の人が、あんなに働いていなかったら悪い前例が出来なかったのに!」と、話題転換。

どうやら以前に居た女性は若かったので、特別扱いされたく無いと男と同じ死ぬほど働き、キャリア積んだら速攻で転職したらしいです。引き抜いて来た人の顔を潰してでも、頑として残る事はせず。でも、愛想良く辞めたので、未だに他のデザイナー達とは仲良くて、新しい職場でハッピーライフを送っていると。

それは私達が明らかに望んでいる展開。
でもね、ちょっと待ってよと。その人が悪い前例を作ったのは私も怒りを覚えますが、その時から居たアンタは何で素直にしたがっていた訳?「悪い前例」って他人のせいで自分は何かした?

そこで私
「今までも、私みたいな人達が居た訳だよね?何で労働局に言わなかったんだろう?」

「一言でも誰かが言ってくれていたら、少しでも体制が改善されていたかもしれないのにね」
とかまをかけてみると、

B香「本当だよ!彼女が言っていてくれれば、こんな事にならなかったんだよ!!」と本気で元同僚に怒っていました・・・けど。

違うでしょ?


何故貴方が言わなかったか、でしょ?そのとき一緒に居たのは貴方。どう考えても、他の人達が労働局に言い出さなかった理由は

『自己保身』

で、あなたは違うの?自分のため、私のため、今後会社で働く女の子のために会社を訴える協力をしてくれるつもり?とてもじゃないけど、そうは思えないセリフと考え方なんだけど。

余りに自分本位で元同僚に憤慨している彼女を見て、フッと警戒心が働き「弁護士に相談している」と言う言葉を飲み込みました。
(8へ続く)

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2006年12月 5日 (火)

解雇逆襲ストーリー!*6

(解雇逆襲ストーリー!*78910続き)

朝定刻に目覚めるも、首になった事を思い出し、憂鬱で泣きそうになりました。会社の人と顔を合わせるのも辛い。とにかくこれ以上解雇の理由を与えたく無い。このまま流されていいようにされるのが嫌だったら行かなくては。

自分に活を入れて出社しました。周りはいつも通り、挨拶以外誰も声をかけない忙しそうな雰囲気。ゴールデンウィーク前に締め切りがあるから目標に頑張ろうと、何時も通りメールチェックを始めると同僚からのメールが溜まっていました。

「何だか分からないけど、納得いかないね」「お昼一緒に食べよう!話聞かせて!B香より」「空いている日を教えてください、事情をニシガミさんの口から聞きたいです」みんなからの気遣いメールに、再び鼻の奥が痛くなってきました。さすがにまだ自分でも気持ちが整理出来ずキチンと話ができないので、連休後に話をさせてくださいと返信しました。

デザインというイメージ構想が強い仕事はショックがあると遅々として進まないもの。やはり首のダメージは大きく、気がつくと同じところを繰り返し制作していたり。ただ、普段からスケジュール管理していたので多少余裕を作っていました。「これで同僚に迷惑をかけなくて済む」と思った私はどこまでお人好しだったのか。

昼になり唯一の女性同僚、B香が次々と質問してきました。「仕事量を減らすじゃなくて、出来ない人の首を切るか・・・」改めて早く辞める決心をしたと言う彼女。

でも2年居てポートフォリオを制作している様子すらありません。人間の慣れって恐ろしい、残業代時給300円にも「無いよりマシ」と言う考えに。環境に慣れればどんなに違法であろうとも、正しいと思い込むようです。

私は仕事をしつつ「雇用法律」について調べ続けました。「労働時間」「残業代」「解雇」がキーワードになりそうでした。どちらにせよ証拠を集める必要がありました。幸いにも会社で毎月残業時間を提出していたのでこれが証拠になりました。あとはどうすればいいか。この時、私は労働局に訴え出る事を思い付きました。

とにかく第三者に審判してもらいたかったのです。このまま法律とデザイン業界の建前に挟まれ続けるのは耐えられない。そうだ、父親に雇用について聞いてみようと、思いたちました。父は面接官をして雇う立場でもあったので、一般の法律を知っているはずだと。早速父にメールを送り帰宅しました。
(7へ続く)

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2006年11月25日 (土)

解雇逆襲ストーリー!*5

(解雇逆襲ストーリー!*78910続き)

首を告げられ、就職以来初めて定刻に帰ったにも関わらず、家の前で暗くなるまで立ち尽くしていました。余りにも情けなくてすまなくて親にどんな顔を見せれば良いか分からなかったからです。

帰宅しても自分の部屋に閉じこもったまま。母親が呼びに来ました。事情を説明しない訳にはいきません。説明しながらぼそぼそと食の進まない夕食に向かっていると「まあ、体壊しちゃ意味ないんだから、さっさと忘れなさい」と言われました。

この屈辱は忘れれば済む事だろうか?何時かはどんな記憶も薄れるとはいえ、こんな負の気持ちを背負ってデザイナーを続けられないかもしれない。そもそも留学だって視野の広いデザイナーに成るためだった。10年間、いや人生一度だってゆっくり出来た時が無い。こんな事で、こんな理由でデザイナーとして私の人生が後ろ向きに終わるのか・・・

落ち込んでいるときは妙に感情的で、否定的な考えしか浮かばないみたいです。片付けようと食器を持って流しに向かったところで、突然涙が出て来て、いつの間にか嗚咽を上げて泣いていました。「あんた、泣いてんの?!」と母親のビックリした声に我に返り、部屋に閉じこもってベッドにうつ伏せに成りました。親の前で泣いたのは実に12年振り、祖父が死んだとき以来でした。

そのままうっかり眠り込んでしまったらしく、深夜に両親の声で目を覚ましました。「・・・あの子泣いていたわよ。悔しいって。」私、悔しいって言いながら泣いていたのか・・・と思っていると、父親が入ってきました。「お前、明日どうするんだ?」「・・・引き継ぎがあるし、お金貰えなかったら嫌だから、とにかく来月の給料日までは残業無しで働く。」「そうか」

考えてみれば首にされたのは給料日の次の日。計画的だったんだろうな・・・奴らの思惑通り動く事はイヤだ、と思いました。その日はゴールデンウィーク一週間前。まさかそんな計画を立てられていると考えていなかった私は、旅行を予約したばかりでした。どうしよう・・・

とにかく首になった旨を友達に簡単にメールをし、その日は眠れない夜を過ごしました。
(6へ続く)

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2006年11月17日 (金)

解雇逆襲ストーリー!*4

(解雇逆襲ストーリー!*78910続き)

どうしよう。同僚の目線に耐えられなくなって、外で駆け込んだ公衆電話でもそればかり考えていました。

多分親に言うべきなんだろうな・・・と思いながらも電話出来ない。携帯からメールしていました。

『ごめん!首になった。』

打っている途中でもう、泣きそう。私が何をしたんだと思いながら送信。でもキチンと話さなきゃな、大事な事だからな・・・と電話をするのを躊躇していました。

留学したり海外で入院したりで親に心配かけて、これから恩返しして行くつもりだったのが、本当に独りよがりの考えで。

体だけは大切にしてって言う親の気持ちを押さえつけてデザイナーの道を進んで、案の定、体悪くしてお払い箱にされるなんて、一番最悪。馬鹿。役立たずな自分。親に又心配させるの?何て言うの?

でもいつまでも、箱の中に居られません。のろのろと家に電話すると「あら?どうしたの?」何も知らない様な母親の声。

『あのさ〜・・・メール見た?・・・あ、見てない・・・あのさ〜ご免。会社・・・首になった・・・』
『はぁ!?・・・もう・・・帰ってらっしゃい!』

憤慨した様子で直ぐ切られたものの、人と話した事で多少頭が働きはじめました。どうする?本当に直ぐ帰ろうか・・・

私もすぐ辞めようと思っていましたよ。でも中途半端なキャリアの上、解雇情報が残ってしまったら働いてない方が良かったぐらいじゃないですか?体調不良にまでなって。考えてみれば私が悪い事を何かしたのでしょうか?いつもいつも必死に生きて来ただけ。帰国した後も女で歳を食っているからって面接もしてもらえない中、最低限の賃金でもキャリア積んで行こうと一から始めて。

そう、・・・感謝される事はあってもアンタ達に首にされる理由は一つも無い!引き際をてめぇらに決められるほど落ちぶれちゃいない!!帰国子女の血が燃えたぎりました。

留学したってだけで、気が強いだの歳食っているだの言われて耐えて、サービス残業して金貰えないで。目立たず気を使っていたのを当たり前と上にあぐらかいていい気になっているんじゃないわよ!爺ども!

タダじゃ辞めない、後悔させてやる。

鬼のような気合いで決心した私はコーヒーを買って会社に帰りました。でも周りの目線が痛い。

酷い目に会ったことは幾らでもあります。私はアメリカで最後に働いた日系会社で金銭問題で弁護士に相談した事が有りました。参考までにと日本雇用法律を調べたり弁護士に確認した時に覚えていた事。

『もし、突然首になったら受け入れてはいけません。どんな書類にサインしても、同意の意志を伝えてもいけません。そして会社に行き続ける事を辞めてしまったら、それは本人が無断欠勤をしたからと言う辞めさせる確実な理由になってしまうので、不当解雇の証拠が確実になるまで出社し続けましょう。』

まさか自分が、本当にこの知識に助けられるとは。
とにかく今日は定時までいよう、揚げ足を取られないように就業時間までは居ようと考えました。とっさに、社長、副社長に嘆願メール。

「私は仕事を続けたいと思って居ますが、残業を減らして様子見をしていただく事は出来ないのでしょうか?いきなり過ぎます。」等々。自分は首を受け入れていない意思表示の証拠を残しておこうと思ったのです。

社長の息子である営業E男が私に新しい仕事を持ってきました。「今やっている仕事が終わり次第、B香さんに引き継いで、残りの時間はこの書類整理をしてください」一ヶ月の猶予を与えたのは、今やっている仕事は私しか出来ないのと、法律に触れないため。

どこまで恩義せがましいんだろう。震え出しそうな怒りと悔し涙で、ろくに集中出来ないまま6時半を迎え、荒々しく席を蹴り誰にも挨拶をせずに退社しました。背中に「明日は来るの?」と言う、B香の声を聞きながら。
(5へ続く)

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2006年11月15日 (水)

解雇逆襲ストーリー!*3

(解雇逆襲ストーリー!*78910続き)

どうも筆が鈍る、解雇体験記。しかし自分を奮い立たせるためにも、頑張って続きを書いて行きます。

散々働かされながら、社員としての提出物を揃えていました。貴重な週末に健康診断を受けましたが、その日もヘトヘトで「なんか引っかかるんじゃないか・・・」って思っていたら本当に引っかかりました。

「尿から微量に蛋白が出ている」これはストレスや体を酷使したらなるのですが、そりゃーなるわな。でも結果としては正常。別に今は問題ないけど、これが増え続けたら慢性になる恐れがあり危険だから、定期検診をお薦めしますって話で。

翌日、社長に他の書類と共に提出。午後に呼ばれました。
「腎臓大丈夫?残業減らす?ちょっとAD(アートディレクター)と相談するよ」

「ハイ、ありがとうございます」

あ〜助かった。そうだよね、死ぬでしょ毎日15時間業務は・・・次の日の朝、社長とADに呼ばれました。

社「ニシガミ君ね、デザイナーに向いていないよ。この世界体力勝負だからね・・・君のためにもね・・・辞めた方がいいと思う。」

私「はっ・・・?・・・首って事ですか?!」

A「いや、僕の口からは何とも・・・」

私「昨日の相談って二人で話し合ったんですよね?私は無断欠勤も、仕事上過失した事も有りませんよね?それで首ですか?!」

社「一ヶ月はね、新しい職探しの猶予を与えるから。今日から残業無しで雑務やってもらうよ。」

私「・・・!」

もうね、有無を言わさず、首。あっちの都合で。
入院されて問題になったら困るんだよ・・・とこっそり言っていた台詞、一生忘れません。

体壊した原因は誰のせいだよ。帰国したばかりの検診では引っかからなかったわ!限界の仕事量を変えるんじゃなくて、人を切る。それでもてめえら人間か?と。もう悔しくて悔しくて。

自分の席に着いてすぐ、動揺を隠しきれないままコンピューターをオンにしました。大丈夫?と声をかけてくれた唯一の女性同僚の声にも曖昧。とにかく堪えなきゃと。

どうしよう、落ち着かなきゃ。まず、どうすれば。泣いたら考えられなくなる、落ち着け。親に何て言おう。同僚にまだ気がつかれたくない・・・

その目の前にメール受信のポップアップが。
ぼんやり開けてみて、内容に一気に血が逆流しました。

『ニシガミさんが一身上の都合で退社することになりました。仕事の引き継ぎが終わり次第、残りの時間書類整理をしてもらいます。なお今日から残業をさせないように』

社長から全社員へ緊急メール。あくまで私の退社を決定づける、強制行為。

一瞬にして周りの空気がざわつくのを感じ「マジ?!かんべん、嘘だって言って」「突然の事でビックリしています、話をさせてください」と次々メールが。

居たたまれなくなり、外に駆け出して気づくと公衆電話で携帯を握りしめていました。
(4へ続く)

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2006年10月19日 (木)

解雇逆襲ストーリー!*2

(解雇逆襲ストーリー!*78910続き)

アメリカ生活の間に頑張りすぎて、入退院をしてしまいました。異国の地で死ぬかと思いました、マジで。アメリカ人ひどいんですもん。大ざっぱだし。

そんな体験から、身を守る意識が強くついたようです。体壊しても誰も助けてくれないんですものね、疎まれるだけで。

そこの会社で部下にはスケジュール管理を強く言っていました。忙しくても余裕を持たせたスケジュールを組んで、それ以上入れないようにって。それでも徹夜になるんだから、もう十分に仕事はしているでしょ。

しかし、部下は意見が言えず上司に振り回されて元の木阿弥になったり。デザインどうのとの前に社会人としての要領が悪いのか意見の言える大人の自覚が無いのか。考えてみりゃ、彼らと2歳しかちがわなかったりしたんですが。

しかも上司ね、スキャンの仕方も知らなかったんですよ!!どこがADデザイナー!?私1人では要領を説明するも限界があり挫折。でも、頑張り続けましたよ。みんなのためにも変えて行かなくちゃ!

『ニシガミさんが言ってくれたおかげで、会社が良くなりました!』『仕事が楽になりました、ありがとう!』・・・なんかどっかのうさんくさい宣伝みたいですが、いやマジ、本当に言われていたんですよ!本当本当!!

でもそれって結局は自己保身のため、いいように扱われていたんですね・・・言えない事は言ってもらおう!との甘えを延長させていた・・・ここ上司の人、ポイントです。「人間どこまでも付け上がり、へりくだるもの」相手の人間レベルを見誤ると自分ダメージ大です。庇ってもらうのが当たり前になっちゃうものです。

彼女(Bさん)の尻拭いで朝の5時まで仕事した事もあったな・・・残業代の1500円(300円×5時間)に余計ムカついた覚えがある。だったら、払うから帰らせろと。

その時は損得関係なく仲間のつもりだったのでBさんに何も言いませんでしたが、今となれば、終電から朝まで手伝ってあげる私がマヌケなんですかね。

私が上司にそこまでしてもらったら頭上がらないどころか、なにか送りたい所ですが口頭のお礼だけだったし。

女性は私とその部下の1人、B香さんだけ。全員男性ですよ!何がきっついかって、同じ体力レベルで仕事要求されて、更に女性らしさを求められ。オカンじゃねぇんだよ!って何度かキレそうに...いやいや。

私は現場とは結構上手くやっていたと思います。フリーランスで働いていたときも有り、営業を望まれるほど接客には慣れていましたから。

同僚達にもまんべんなく付き合い、気を使い。バレンタインのときはBさんの数倍自腹切って一緒にチョコ配ったり。彼女とは歳が近いし同じ海外帰り、同士って感じがして。彼女の性体験を毎日話されるのにだけは辟易しましたが、毎日毎日お昼に一緒に憂さ晴らし。お互い生理は止まるし、ニキビ面になるし・・・そりゃ仲良くしていましたよ・・・その時まではね・・・。

こんなアホみたいに我慢している私の話は聞きたくたくないって?あぁ・・・すいません。日本のデザイン界はこんなもんだし、新人は出しゃばらないように和を尊んで行こうと・・・なーんて。

とにかく言われがちの「アメリカ帰りだからね・・・」と悪く囁かれるの避けたかったんです!

謙虚に謙虚に。服装も地味に。
お陰で「海外帰りとは思えない」と言われるほど日本OL的習慣に馴染んでいました。(それは褒め言葉では無いだろうが)近い将来辞める時に向かって色々ツテを作っておこうと。

その時はすぐに来て、被っていた猫の皮、破り捨てましたけどね。(3へ)

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2006年10月14日 (土)

解雇逆襲ストーリー!*1

(解雇逆襲ストーリー!*78910続き)

私が首になった時のお話です。
まだ改めて考えたくない事柄ですが、先へ進むためにも自分自身で何があったか整理していこうと思います。

デザイン関係の友達が多いですが、どこのデザイナーも締め切りのために命を削る生活をしています。冷静に考えれば、『おいおい、たかがデザインだぞ?体に障害を残すほどか?』ですが、ここは日本。

そりゃ〜上司に率先して働かれちゃ、言いにくいのもわかります。でもね、それでも普通の勤務時間なら自己管理も仕事のうちですが、普通じゃないもの!もう、週末休ませてもらうだけでも、命を守るための戦いです。

ってか、それぐらい休ませて。

月曜〜金曜まで毎日毎日コンピューターに向かって9:00から終電までか、タクシー。仕事持ち帰り当たり前、週末出勤、徹夜が通常。

他デザイナーさんも当たり前でしょうが、残業代無し!あ、ちょっとはあったのか?時給300円。冗談じゃなくて。死ぬでしょ。ここまで狂ったように働いているとデザイナーのプライドとかそんなもん吹っ飛びます。

上司も悪いですよ、22時頃『ごめん!どうしても先帰らせてもらうよ』って、あんた!それで謝られちゃ部下はそれより早く帰れないのかい?って突っ込みたくなったもんです。

ちなみに私は後から入るも、年下の子達がいたので事実上、上司の立場でした。彼らの仕事を手伝う事もあるわけです。給料は変わらないけど。そう、この歳にしては決して良くないですよ、これだけ働いても手取り20万でしたからね。バイトの方が倍稼げるんです。

何故そんな所で働いていたかって、キャリアをつけるためだけです。

海外で働いていようが、仕事が多少出来ようが、30歳近くの女は日本でキャリアが無いってだけで、応募の返事も貰えないのが現状。だったら大手の企業と取引している所で2年ほど働いたら転職してやる!って。

・・・実際一年保ったかわからないもんでしたが。
だから、自分で自分を守らなくちゃいけないと考えたんです。どうせ会社は社員を使い捨て。

だったら長く続けるためにも、限界の時や出来ない時は自分の命を守るために主張して何が悪いものかと、ねえ? (2へ)

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